裁判員裁判(5)

 先日、私にとって5件目の裁判員裁判の弁護をしました。家を燃やして兄弟を殺そうと考え、家の中にあったオートバイを燃やして家を全焼させたとして、現住建造物等放火、殺人未遂で起訴された事件でした。この裁判が非常に難しかったのは、起訴された男性が知的障害を持っていたという点です。裁判では、この男性に家を燃やして兄弟を殺す意思(故意)があったか、物事の善悪を判断する等の能力(責任能力)があったかどうかが問題となりました。私たち弁護人は、この男性は、兄弟げんかの延長で相手のオートバイを壊してやろうと思って火をつけただけで、家を燃やそうとか兄弟を殺そうとは思わなかった、つまりこの男性には故意も責任能力もないと主張しました。

 検察官は、この男性の捜査段階の供述調書は信用できると主張しました。供述調書には、日頃から兄弟とのケンカが絶えず、いつか殺してやろうと思ったという趣旨のことが書かれていました。私たちは、この男性の知的能力からすれば、男性がこのような難しい内容の供述をしたとは考えられず、供述調書は信用できないと反論しました。そのため、供述調書を作成した警察官2名が証人として呼ばれました。

 警察官の1人は、男性に知的障害があるとは気づかなかったと証言し、もう1人は、男性に対して答えを誘導したことはないと証言しました。しかし、彼らは男性の知的障害に対し十分な配慮をしたとは思えませんでした。そのことは、警察官の後に行われた男性の被告人質問、男性を精神鑑定した医師の尋問によって一層明らかになりました。被告人質問の中で、男性は、検察官に対しては検察官の主張に沿う答え方をし、弁護人に対しては弁護人の主張に沿う答え方をしたのです。男性は、質問する人の期待するように答える、つまり迎合してしまう傾向が強かったのです。また、医師は、男性の精神年齢は低く、特に自身の行動によって結果がどうなるかという判断をする能力に乏しいと解説しました。

 長い裁判の結果、裁判官と裁判員は、現住建造物等放火と殺人未遂の故意があったとは認めず、その男性に対し、オートバイを燃やしたことについてだけ故意を認めました。他方、オートバイを燃やすことについては、物事の善悪を判断する等の能力はあったと認めました。検察官の厳しい求刑に対し、執行猶予付の判決が言い渡されましたので、私たち弁護人が訴えてきたことは、裁判官と裁判員に十分伝わったのではないかと思います。

 解放された男性を見て、私たち弁護人は心の底からホッとしました。これから先、男性には適切な福祉を受けながら平穏に暮らしていってほしいと思います。しかし、元をたどれば、この男性を現住建造物等放火・殺人未遂という重罪で起訴したこと自体が間違いだったのではないか。今はそんなことを考えています。

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