専門は何ですか?(2)

 このブログを始めたのは2008年7月です。最初のテーマは「専門は何ですか?」でした。ここで私は、多くの弁護士は様々な分野の仕事を扱っており、特定の分野だけを扱う弁護士は少ない。しかし、最終的にはどの事件も裁判を念頭に置いている。裁判という特殊な分野を扱っているという意味で、敢えて言えば裁判が専門だという趣旨のことを書きました。この考えは今でも変わりませんが、あれから5年が経過し、私たち弁護士を取り巻く環境もずいぶん変わってきましたので、今回はあらためてこのテーマを取り上げてみます。

 まず、この5年間で「専門」を標榜する弁護士が増えてきたように思います。少し前までは「借金問題専門」と書かれた業務広告が多くありましたが、過払金の事件が下火になったせいか、最近では「交通事故専門」「離婚専門」「相続専門」、さらには「刑事事件専門」という業務広告も出てきました。インターネットで検索すると、このような「専門」弁護士のウェブサイトがたくさんあります。そして、この中には名実ともに「専門」と呼ぶにふさわしいと見受けられるものもありますが、実態はともかく多くの顧客を取り込むために「専門」を名乗っている例も多いように見えます。

 ところで、日本弁護士連合会は、この「専門」について次のような指針を示し、各弁護士に対し「専門」の表示を差し控えるように求めています。「専門分野は、弁護士情報として国民が強くその情報提供を望んでいる事項である。一般に専門分野といえるためには、特定の分野を中心的に取り扱い、経験が豊富でかつ処理能力が優れていることが必要と解されるが、現状では、何を基準として専門分野と認めるのかその判定は困難である。専門性判断の客観性が何ら担保されないまま、その判断を個々の弁護士及び外国特別会員に委ねるとすれば、経験及び能力を有しないまま専門家を自称するというような弊害も生じるおそれがある。客観性が担保されないまま専門家、専門分野等の表示を許すことは、誤導のおそれがあり、国民の利益を害し、ひいては弁護士等に対する国民の信頼を損なうおそれがあるものであり、表示を控えるのが望ましい。」(弁護士及び弁護士法人並びに外国特別会員の業務広告に関する指針)

 ここで重要なのは、1特定の分野を中心的に取り扱っていることと、2経験が豊富でかつ処理能力が優れていることの2点を、弁護士でない一般の方がどのように判断するかということです。このうち1は比較的見分けがつきやすいように思います。例えば、インターネットに限って言えば、複数のホームページを管理し、同じ弁護士がそれぞれのホームページに「専門」とうたっているような場合は、果たして本当に「専門」といえるのか疑問が生じます。「専門」とは、原則的に他の分野を取り扱わないことでもあるからです。

 しかし、2はなかなか見分けがつかないと思います。例えば、これを弁護士の勝訴率で推し量ることは難しいでしょう。ほとんどの事件には、もともと「勝ち筋」と「負け筋」があり、弁護士の力では何ともならない部分が存在するからです。良い弁護士は「負け筋」の事件を上手に負けたり和解に持ち込んだりしますが、これは勝訴率に反映されません。次に、依頼者の主張を強く訴えてくれる弁護士が優れているとも限りません。確かに依頼者の話をよく聞くことは必要ですが、それだけで問題は解決しません。やはり正確な知識と豊富な経験・バランス感覚が必要だからです。また、取り扱っている件数からも、なかなか専門性は見抜けません。中には比較的平易で早期に終了する事件を選んで取り扱い、難しくて時間のかかる事件を避ける例もあるようです。それに、自分の能力の限界を超えて事件を抱えている弁護士が、果たして一つの事件をどのくらい丁寧に取り組んでいるのか疑問もあります。さらに、ベテラン弁護士と若手弁護士のどちらがよいのかも一概には決められません。一般に、経験面ではベテランが優れていますが、若手のほうが新しい知識や情報に多く接しているという面もあるからです。このようにみると、やはり「専門」という表記は紛らわしいので、易々と使うべきではないといえそうです。

 しかし「専門」かどうかはさておき、弁護士は誰でも、ある特定の分野について、様々なタイプの事件を相当件数取り扱い、いくつかの難しい事件を経験し、その分野について強い関心を持ち知識を深めていく職業だと思います。自分自身を振り返ってみても、この数年間で、刑事事件、これに関連する企業のコンプライアンスの相談、建物明渡の訴訟、農地の相談の4つの比重がかなり大きくなったように感じます。他方、竹内弁護士の場合は、離婚・相続など家事事件の件数が最も多く、その中にはかなり複雑で難しい事件も含まれています。また、団体・企業向けの研修(講義)にも積極的に取り組んでいます。

 社会や法律が非常に複雑になり、弁護士の数も増えて多様化してきました。このような中、その弁護士が「専門」かどうかが問題の本質ではないように思います。むしろ、私たち弁護士は、社会に対し、個々の弁護士の特色を、正確に分かりやすく、そして節度をもって伝える方法を真剣に考えていかなければならないと思います。

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