少し前の話になりますが、昨年担当した私にとって7件目の裁判員裁判について書きます。この事件についてこれまで書かなかったのは、被告人が第1審判決を不服として控訴し、判決が確定していなかったからです。
思えば、この事件より前の6件は、被告人も検察官も控訴せず、全て第1審で確定していました。この中には、いわゆる認定落ちや一部無罪など、検察官の主張が通らなかった事件も含まれています。裁判員裁判以前であれば、おそらく検察官は控訴していたであろう事件です。検察官が以前より控訴を差し控えるようになった理由は、控訴審が事後審であると強く意識しているからと推察します。この論理は、控訴審が第1審判決に事実誤認があるというためには、第1審判決の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であることを具体的に示す必要があるとした平成24年2月13日の最高裁判決にも強く現れています。いずれにしても、刑事裁判の現場に身を置きながら、大きな変化を実感します。
さて、私が担当したのは、中年の息子が些細なことから同居の年老いた母親に対し暴力を振るって死なせたという傷害致死の事件でした。事件そのものに争いはなく、これまで担当した裁判員裁判の中では、最も規模の小さな事件でした。しかし、それでも起訴から第1審判決まで約10ヶ月かかりました(結局、この事件は被告人が控訴したので、判決確定までさらに長期間を費やしました。)。
全期間のうちの大半は、公判前整理手続の期間でした。検察官が裁判に用いようとする証拠だけでなく、それ以外の証拠を開示請求し、それらを被告人に差し入れて時間をかけて検討し、弁護方針を立てるまでにはかなりの時間が必要です。次に、検察官の立証計画を固め、それ以外の立証を許さないように念押しする必要があり、これにもまた時間が必要です。私は、規模の小さな事件でも、このような準備を怠ってはいけないと思っています。
最近よく、弁護人側の事情で公判前整理手続が長引いており、裁判の迅速化が進んでいないという批判を耳にします。しかし、この批判は、制度の表面的な部分だけを切り取った的外れなものだと思います。検察官が手持ち証拠を全て開示すれば、大幅に手続の期間を短縮できるはずです。しかし、検察官は絶対に全部は開示しません。被告人の勾留をもっと大胆に少なくし、勾留中の事件についても、弁護人がもっと自由に被告人と接見することができれば、弁護人側の作業時間は短縮され、手続は早く進むはずです。しかし、拘置所は、弁護人によるPCの持込みにも口出しし、被告人にはIT機器を一切使わせません。
現在の制度の中で、弁護人が手抜きをすれば、いくらでも早く手続を進めることができます。しかし、一人の人間を何年、何十年も刑務所に収容したり、ときには死刑にしたりすることを決める手続に、手抜きが許されるはずがありません。誰のための裁判か、原点に立ち返って考える必要があると思います。
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