9月18日、法制審議会は警察官と検察官による被疑者取調べの可視化(録音・録画)の義務づけや司法取引の導入、通信傍受(盗聴)の対象拡大を内容とする法改正要綱を採択し、法務大臣に答申しました。来年にも法務省は刑事訴訟法等の改正案を国会に提出する方針とのことです。
取調べの可視化が義務づけられる事件は、裁判員裁判対象事件(殺人や強盗致傷等)と検察の独自捜査事件(主に特捜部が動く賄賂や脱税事件等)の限られ、これは全事件のわずか2~3%に過ぎません。厚労省の村木さんの冤罪事件をきっかけに作られた法制審議会の特別部会には、刑事弁護に携わる一人として、大いに期待する部分もありました。しかし、特別部会で出た結論は、冤罪防止の観点からは非常に物足りないものでした。それどころか、新たな冤罪を生む危険のある司法取引やプライバシー侵害をもたらす盗聴の拡大を許容する点で、今回の結論は警察や検察の「焼け太り」(火災に遭った後、かえって以前よりも生活や事業の規模が大きくなること)となった印象が強いことは否定できません。
しかし、全事件の2~3%とはいえ、取調べの可視化が刑事手続に与える影響は、やはり大きいはずです。
まず、可視化することによって、黙秘権を容易に行使できる事例が多くなることが予想されます。現に、私も検察官による取調べを可視化した事例を何件か扱ったことがありますが、以前のように、弁護人に対する不審を抱かせたり(例:弁護士はあなたを見捨てたのではないか。)、家族を利用したり(例:親御さんに会ったら「本当のことを言って」と泣いていたぞ。)、裁判への不安を煽ったり(例:今話しておかないと裁判で話す機会はないぞ)といった、なりふり構わず供述を迫る事例が減ったように感じます(ただし「減った」だけで「消えた」とはいえません。)。
世間一般に、黙秘権については「やましい事があるからだ」「反省していない」などと悪い印象をもつ人が多いかも知れません。しかし、日本の取調べは、弁護人の立会いも認められず、他の証拠を確認することもできないあやふやな状態で、警察署内で四六時中監視された中で行われます。もともと人間の記憶なんて不正確なものですが、ひとたび取調べで不正確な供述調書を作られてしまうと、裁判になってから正確な話をしたところで、裁判官に「調書と違うから信用できない」と切り捨てられるのが現状です。
従って、今のような取調べが続く以上、捜査段階では黙秘して、裁判になってから正しい情報に基づいて記憶を整理して話すというのが基本的な姿勢になろうかと思います。
次に、取調べの可視化によって、取調官がどのような取調べを行っているのか、実態がよく分かってきました。弁護人に開示される取調べブルーレイは、被疑者の表情がよく分かる大きな画面と検察官が背を向け被疑者が正面を向いた状態で部屋全体が写っている小さな画面の2つに分かれています。
検察庁は、現在の取調べブルーレイの出来映えに自信を持っているようで、これを供述の任意性を証明するため積極的に利用しようという動きもあります。確かに、検察官が机をバンバン叩いたり被疑者を怒鳴りつけたりする場面には遭遇しません。今の裁判所の基準では「供述の任意性はある」とされる事例がほとんどでしょう。しかし、私は様々な取調べブルーレイを観て、誘導尋問を多用して被疑者に自由に喋らせない検察官がいかに多いかについて、むしろ驚いています。例えば、あるポイントについて被疑者が「はっきり覚えていない」と答えると、検察官は「覚えていないはずがない。こうではないですか。それともこうですか。」といった具合にたたみかけます。また、被疑者が以前と違うことを言うと「前はこう言ったでしょう。よく思い出してください。」と強く撤回を求めます。被疑者が本当に自分の記憶に基づいて話しているのはどこからどこまでなのか。ブルーレイを観ているうちに私自身も分からなくなってきます。
それにもかかわらず、検察庁が今の取調べに自信を持っているのは、これまで外部からの批判にさらされたことがないからだと思います。これまでは、弁護士も裁判官も研究者も、ごく一部を除き、映像としての取調べを観ることはできませんでした。しかし、今後、取調べの可視化が制度として定着すれば、取調べは、外部から容赦なく批判にさらされることになるでしょう。そのような批判を浴びてこそ、今の日本の取調べそのものにメスが入るのだと思います。
ところで、取調べの可視化が義務づけられる事件以外の97~98%の事件は、今回の一連の動きとは無関係でしょうか。一部の事件で供述の任意性・信用性を判断するために取調べブルーレイが要求されれば、当然、他の事件でも同じようにやれるという方向に進む可能性があります。現に公判前整理手続・裁判員制度の影響により、対象外の事件についても積極的に証拠開示を求める動きが拡大し、以前よりも書証(書類)の量が減り尋問もコンパクトになったように実感します。それに、少なくとも在宅・保釈の事件については、被告人が弁護人の隣に座ることが認められるようになりました(今後は勾留中の事件全部をそうするべきだと思います。)。取調べの可視化についても、弁護人が適切に争点化することによって、97~98%の事件を動かすことができるのではないかと思います。重要なのは、弁護人の活動です。
他方、取調べの可視化に関しては、危険な動きもあります。同じ9月18日、東京地検は、被疑者が逮捕され起訴が見込まれる全事件で、取調べの冒頭に認否を問う弁解録取の様子を可視化の対象とする方針を固めたとのことです。確かに、可視化の対象となる事件は大幅に増えるかも知れませんが、可視化されるのは冒頭の弁解録取だけのようです。弁解録取の段階では、まだ弁護人がついていない事件が大半です。弁護人のアドバイスを受けることもできず、最初の混乱した場面だけが録音録画されるため、かえって問題です。被疑者は自分の置かれた立場や権利をよく理解した上で取調べに臨むべきだからです。従って、逮捕直後における弁護人の選任が是非とも必要になります。
来年は取調べの可視化について大きな動きがあるはずです。動向を注視するとともに、今後も実務家として問題点を指摘していきたいと思います。
最後に、日本弁護士連合会の「可視化グッズ」を紹介します。
まずは、うちわ。シーズンは終わりましたが、今年はたくさん配布しました。
次は、クリアフォルダ。紙をはさむとこうなります。
紙を外すと隠れていた文字が・・・。
最後は、トートバッグ。ゆるキャラ「オール君」は、フクロウ(owl)=アウルと全過程(all)可視化をかけています。1,300円で売っています。興味のある方は是非。
http://www.nichibenren.or.jp/activity/criminal/recordings/detail/tote_bag.html
【関連エッセイ】
韓国を訪問して