名張毒ぶどう酒事件第8次再審請求の異議審において、弁護団は、本日、名古屋高等裁判所刑事第2部に対し、検察官が裁判所に提出しないまま保管している証拠の全面開示を検察側に命じるよう申し立てました。
検察官は、多数の未開示証拠が存在することを認めています。その中には、再審請求をするための有力な新証拠となるであろう証拠が含まれているはずです。
名張毒ぶどう酒事件では、これまで大きなインパクトをもった新証拠が2つありました。本来であれば、どちらも一発で再審の扉を開くことができるはずの新証拠です。一つは、現場にあった王冠の内蓋表面の傷が奥西勝さんの歯によって付けられたものであるとした鑑定の虚偽を暴く新鑑定で、第5次再審請求で提出されました。もう一つは、事件で使用された農薬がニッカリンTではなかったことを示唆する新鑑定で、第7次再審請求で提出されました。しかし、これらは、弁護団が既にある証拠をベースに、専門家の協力を得て実験を繰り返しながら生み出した証拠です。検察官が新たに開示した証拠ではなく、弁護側が一から十まで自力で用意した証拠です。これらの新証拠をもってしても再審無罪にならないというのであれば、検察官が隠し持っている証拠を手掛かりにするしかありません。
ここ十年位で再審無罪となった大きな事件では、裁判所が検察官に対し証拠開示を促すことによって実際に証拠開示が行われて弁護側に有利な新証拠が発見されたり、弁護側の証拠物に対するアクセスが可能となって再鑑定が実施されたりした結果、再審無罪となったケースばかりです。
例えば、足利事件では、再審請求の段階でようやくDNAの再鑑定が認められ、その結果、有罪の決め手となった鑑定の虚偽が判明し、菅家さんは再審無罪となりました。布川事件では、再審請求中の段階で多くの有力な証拠が検察官から開示された結果、杉山さんと桜井さんは再審無罪となりました。東電OL事件でも、裁判所の訴訟指揮によって、検察官の保管していた証拠物から別の人物が犯人である可能性を示すDNA鑑定が出て、ゴビンダさんは再審無罪となりました。今年3月に再審開始決定が出た袴田事件も、検察官の未開示証拠が重要なポイントとなりました。
これに対し、名張毒ぶどう酒事件における検察官の証拠隠しと、これに対する裁判所の放置は、ある種異様なものがあります。これまでのところ、裁判所は、今ある証拠によれば奥西さん以外による犯行は考えられないという認定を維持していますが、その証拠は、他の証拠が新たに出てくれば簡単に認定が覆されるような弱い証拠です。そして、この事件では、なぜここで当然あるべき証拠がないのだろうという疑問が次々にわいてきます。
検察官が証拠を隠し持ったまま出さない理由は、要するに、証拠漁りは不当であり、法律に定めがないので出さないというものです。しかし、証拠漁りといいますが、その証拠は決して検察官の私物ではありません。税金で警察官という人を雇い、税金で購入した道具を使って集めた公共財です。検察官は、むしろ証拠開示によって公益の代表者としての責任を果たさなければならないはずです。また、法律に定めがないといっても、法律は証拠開示を禁止してません。このことは再審無罪になった事件をみれば容易に分かることです。
奥西さんは、今も再審無罪が言い渡される日を信じて医療刑務所で生き続けています。検察官と裁判所は、今度こそ無辜の救済という再審の制度趣旨に立ち返り、正々堂々と証拠開示を受けて立つべきです。
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