本日、衆議院が解散されました。衆議院の解散については、憲法7条に「天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。」とあり、同条3号に「衆議院を解散すること。」とあるので、この条文を根拠に解散されたという形式をとっています。今回の解散も、条文上の根拠は7条3号です。
ところで、議院内閣制の下、どのような場合に衆議院の解散が許されるのかについて、大別して2つの考え方があります。一方はこれを限定的に捉える考え方、もう一方はこれを緩やかに捉える考え方です。
限定的に捉える考え方を突き詰めていけば、衆議院の解散は、内閣不信任決議案が可決された場合に限られることになります。憲法69条に「内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、10日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。」とあり、この場合に限定するというものです。内閣は、国会の過半数を占める政権与党によって構成されるはずなので、内閣不信任決議案が可決されるというのは異例の事態です。このように衆議院の解散が限定されれば、衆議院議員は基本的に4年の任期(憲法45条)を全うできることになります。身分が安定するので、国会の力が相対的に強くなります。日本国憲法制定当時は、このような考え方も有力でした。
ところが、現実には、衆議院の解散は、内閣不信任決議案が可決された場合に限らず、たびたびなされてきました。衆議院の解散が許される場合を緩やかに捉える考え方が採用されているわけです。この考え方が支持される背景には、内閣が総選挙を通じて民意を問うことができるというメリットがあります。したがって、この考え方によっても、内閣は気まぐれに衆議院を解散することはできず、民意を問うのにふさわしい理由が存在しなければならないとされます。
この点、今回の衆議院解散はどうだったでしょうか。現政権は、消費税の10%への引き上げを1年半先送りにすることを決めました。したがって、直接、消費税の引き上げについて民意を問うわけではありません。解散の動きが出た経緯に照らせば、やはり現政権の経済政策、いわゆる「アベノミクス」を継続することの是非について、民意を問うものということになります。
しかし「アベノミクス」自体の是非はともかく、これを解散総選挙という形で中途半端にリセットしたという印象はぬぐえません。いわゆる「三本の矢」のうち(1)大胆な金融緩和と(2)機動的な財政出動はまだしも、最も難しい(3)成長戦略はまだ始まったばかりというべきでしょう。始まったばかりで一体何の民意を問いたいのか、よく分かりません。
平成に入ってからの衆議院解散の年月日は次のとおりです(かっこ内は前回の解散からの期間です。)。
平成 2年 1月24日(約3年 7か月)
平成 5年 6月18日(約3年 5か月)
平成 8年 9月27日(約3年 3か月)
平成12年 6月 2日(約3年 8か月)
平成15年10月10日(約3年 4か月)
平成17年 8月 8日(約1年10か月)
平成21年 7月21日(約3年11か月)
平成24年11月16日(約3年 4か月)
平成26年11月21日(約2年 0か月)
こうやってみると、これまでは概ね3年を過ぎてから衆議院解散がなされてきました。唯一、平成17年の解散が際立って短期間になされていますが、これはいわゆる「郵政解散」で、参議院で郵政民営化関連法案が否決されたことを理由とする解散でした。いわば参議院版の「内閣不信任決議案」が可決されたに等しい状況だったわけですから、今回に比べれば、まだ大義名分はあったように思います。
これまで3年を過ぎてから解散されてきたということは、そのくらいの長い期間、国民の代表として選ばれた議員の職責を果たし、それから改めて民意を問うというのが健全な姿と考えられていたからでしょう。そう考えると、今回の2年という期間は、やはり短いといわざるを得ません。現政権が安定していることを踏まえれば、なおさらです。政治の空白を作った上、約700億円という多大なコストを費やして解散総選挙をすることに、どれだけの合理性があるのか、今回の衆議院解散は不可解です。