法曹人口問題(4)

 5月21日、政府は、司法試験合格者数を年間1,500人以上とする案をとりまとめました。これによって、2001年の司法制度改革審議会意見書に掲げられた年間3,000人の目標は半減する結果となりました。私は、3,000人の目標が掲げられる少し前の時期に弁護士になり、法科大学院の設立とともに弁護士が急増してゆく様子を定点観測してきましたが、このような形で司法試験合格者数の増加にストップがかかることに、ホッとする反面、複雑な思いもあります。今回は、これまで弁護士業界でどのような現象が起きて、弁護士はその現象をどう受け止めてきたのか。そして今、何が課題なのかを考えてみようと思います。

 当時、年間3,000人の目標が掲げられた頃、弁護士業界の一部に、非常に強い反対意見があったことは確かです。しかし、業界全体としては、同業者が急増することがどのような結果をもたらすのか、実感を持って受け止められていなかったように思います。なぜでしょうか。それは、当時約18,000人いた弁護士が、ほぼ全員、余裕を持って仕事に携わることができていたため、そうでない状況を具体的にイメージできなかったことが一因ではないかと推察します。そして、経済界からは、3,000人どころか、もっと大幅に増員せよという声も挙がっていました。9,000人という意見もあったはずです。「弁護士は既得権益にしがみついているから増員に反対するのだ」というバッシングが吹き荒れる中、妥協の産物として3,000人に落ち着いたという側面もあったようです。

 そして、2004年に法科大学院(ロースクール)が立ち上がり、2006年に新司法試験もスタートしました。司法修習の期間が大幅に短縮される反面、法律実務の最前線にいない研究者が中心となって運営する法科大学院を法曹養成の中核に据える新制度の是非については、業界内で根本的な疑問を唱える声があったことは確かです。しかし、結局、新しい制度ということもあってか、当初の大学院サイドには相当な意気込みが感じられ、私も、法科大学院の黎明期には、多種多様で優秀な学生が大勢集まってきたという印象を受けました。それに、まだ弁護士の就職難が今ほど深刻な状況にありませんでした。このような事情もあってか、業界全体としては、まだ危機意識が薄かったのではないかと振り返ります。

 加えて、同時期、いわゆる「過払いバブル」が、法曹人口の問題を先送りにした感があります。2006年(平成18年)1月18日のいわゆる最高裁シティズ判決がターニングポイントとなり、消費者金融等に対する過払金返還請求が、弁護士にとって極めて簡単な仕事となりました。それ以前は法律を駆使してもなかなか上手くいかなかった過払金返還請求が、突如、まるで自動販売機のボタンを押すような感覚で実現するようになったのです。この「過払いバブル」によって、小さな労力でわりの良い仕事が業界内に蔓延しました。以前から弁護士をやっている人間にとって、このようなバブルが正常な状態であるはずがなく、一過性のものであるということは、薄々分かっていました。しかし、兎にも角にも弁護士の収入は安定し、増加した新人弁護士の就職先を業界全体で吸収することもできたのだと思います。

 しかし、予想どおり、程なく「過払いバブル」は収束し、弁護士の就職難が、いよいよ業界内で深刻な問題となってきました。もちろん就職難だけでなく、弁護士に対する社会の目が厳しくなったという情勢の変化、行政サービスの拡大、インターネットによる調べ物の平易化など、弁護士の仕事を減らす方向での複合的な要因はあったと思います。しかし、間違いなく明確になったのは、法科大学院への志願者が大幅に減少を続け、今も減り続けているということだけでした。この点、司法試験の実績が芳しくない法科大学院が消えていくことばかりが注目されているようですが、実はこの志願者の減少こそが、弁護士業界にとって最も深刻な問題ではないかと思います。2004年に全国で約73,000人だった法科大学院への志願者は、2015年には7分の1の約10,000人となりました。志願者の減少は、その業界に魅力がないことを意味し、まとまった数の優れた人材が業界に流入してこないため、業界の発展に影を落とすことになります。

 また、せっかくこのような冬の時代に弁護士業界にやってきた新人に関しても、適切な就職先が決まらず、十分なオン・ザ・ジョブ・トレーニングを積むことができないという話をよく聞くようになりました。さらに、以前では考えられなかったことですが、ようやく弁護士になって「さあ、これから」というときに、登録を抹消してしまう人達まで出てきました。もしこの人達が不本意で抹消したのであれば、抹消するとき、一体どのような心境だったのだろうかと居たたまれない気持ちになります。

 こうして、法曹人口の増加が弁護士業界に深刻なダメージを与えていることは、誰が見ても明らかとなってきました。そのためか、さすがに最近では、弁護士サイドからの法曹人口増加に関する慎重論が出ても、これに対し「業界のエゴだ」と叩く論調は鳴りを潜めた感があります。このような中、今回、ようやく政府が合格者数を1,500人まで戻したわけです。

 しかし、残念ながら、1,500人では問題は解決しないだろうと思われます。2001年に全国で約18,000人だった弁護士数は、2015年に約36,000人と倍増しました。この増加は、特にここ数年続いた2,000人の合格者数が顕著な要因となっています。わずか数年、たった2,000人ずつ増やしただけで、業界全体はこれだけ深刻なダメージを被ったのです。2,000人が1,500人になったところで、弁護士数がどんどん増加していくことに変わりありません。日弁連の試算によると、このまま合格者数が毎年1,500人で続いた場合、2023年には今よりさらに約7,000人多い約43,000人となるようです。今の状態を例えると、弁護士業界は、もともと質素な食生活を送っていた人が、突然、暴飲暴食に走った結果、体調を崩し、それにもかかわらず、なお今も暴飲暴食に近い量を食べ続けているようなものです。もちろん、今、試験に向かおうとしている人達に対し配慮をする必要はありますが、それにしても、どこかで断食に近い極端な減員をする必要があるのではないでしょうか。

 また、既に生じている飽和状態を解消するためには、現在の弁護士業界の体質を改善することも必要だと思います。従前の弁護士がやってきた本来的業務、代理人としての紛争解決に携わる個人経営者という従前の弁護士像に固執せず、多種多様な弁護士像を積極的に容認しなければ、現在の弁護士人口を無理なく吸収することはできないはずです。その意味で、現在、日弁連が主導で行っている、弁護士を行政や企業に売り込んでいく活動は、今後も重要なカギになるだろうと思います。ここ数年で、任期付公務員になったり、企業内弁護士になったりした弁護士が一気に増えました。黎明期には、このような人達が自分達と同じ弁護士といえるのか、何となく違和感もありました。しかし、今ではすっかり普通の弁護士の一人として接することができます。時代の流れに沿って、業界の体質は、否応なしに変わっていくことでしょう。

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