公判前整理手続の長期化?

 1月11日の日経新聞に「公判前整理が長期化、最高裁が対策検討」というタイトルの記事がありました。「裁判員裁判で公判開始前に争点や証拠を絞り込む『公判前整理手続き』が長期化する傾向にあり、最高裁は昨年秋、その要因を検証する作業に乗りだした。公判開始が遅れると、その間に証人らの記憶が薄れていくといった弊害を招く。2016年度中にも結果を取りまとめ、対策を講じたい考えだ。」と書かれています。

 記事によると、最高裁が調査したところ、公判前整理手続の平均期間は、裁判員制度開始の09年は2.8か月だったのが、翌10年には5.4か月に延び、15年は10月末時点で7.3か月になったとのことです。また、裁判員裁判対象事件の起訴から判決までの期間は、制度開始前の06〜08年に平均6.6か月だったのに対し、開始後の09年5月〜12年5月は8.5か月だったとのことです。これを読むと、確かに長期化しているという印象だけを持つかと思います。

 しかし、この数字は、事件の種類、規模、争点の複雑さ等によって実情が異なることを考慮せず、単に平均値を取って比べているだけであって、これでは本質的な問題は見えてこないと思います。例えば、裁判員制度が開始した当初は、09年5月21日以降に起訴された事件しか裁判員裁判の対象とされなかったため、争点が複雑でない、もともと速やかに進行したであろう事件から順番に公判が開始し判決が言い渡されていました。黎明期の公判前整理手続が短かったのは当然です。また、ここ数年、公判前整理手続の平均期間がジリジリと長期化しているからといって、事件全体が長期化しているとは限りません。むしろ、私の知る限り、とにかく公判前整理手続を早く終わらせようとする裁判官のリクエストに応え、証拠開示も弁護方針の策定も疎かなまま、無防備にも公判期日の指定に応じる弁護人が少なくないせいか、起訴から判決までが極めて短期間で終わっている事案が相当数あります。他方、公判前整理手続が始まって10年が経過し、弁護士サイドでも、証拠開示や自前の証拠収集についての技術が進歩しました。争点の複雑な事件について、相応の技術や心得を持った弁護人が公判前整理手続に臨めば、必然的に期間は長くなります。このようにあっという間に駆け抜ける事件と年単位で長期化する事件を足して平均値を求めたところで、一体どれほどの意味があるのでしょうか。

 最高裁は、今年度中に結果を取りまとめ、対策を講じようとするようですが、仮にその対策が専ら弁護人の訴訟活動を制限する方向のものであるならば、刑事弁護に取り組む弁護士の一人として容認し難いものがあります。

 公判前整理手続が長期化する原因の一つは、何と言っても証拠開示にあります。証拠開示制度(刑事訴訟法316条の15、20)については、以前、エッセイで書いたことがありますが、残念ながら、徹底的に証拠開示をしておく弁護人はわずかではないかと思います。つまり、検察官が「任意に」開示する証拠で満足し、それ以上、深入りをしない弁護人が多いということです。証拠開示は、捜査機関がどのような証拠を握っているのかについて、手元にある証拠を丹念に検討し、それまでの自分の経験や知識に照らしながらあれこれ推測し、ジグソーパズルのような思索を巡らせ、検察官に食い下がっていく仕事です。裁定請求にあたっては、「開示せよ」と強弁するだけでなく、なぜその証拠があるはずなのかを冷静に論じて裁判所を説得しなければなりません。裁判所の説得は難しいにしても、検察官が、反論を重ねていくうちに形勢が不利と見るや、決定を出される前に、突然「任意に」追加開示をする局面に出会うかも知れません。実際、そのような事例もあります。検察官は、任意開示の際、「審理促進のため証拠は積極的にどんどん開示します」と言うことがありますが、その後、類型証拠開示を繰り返すと、必ずと言ってよいほど、五月雨的に追加の開示証拠が出てきます。証拠開示に関し、このようなやり取りを繰り返すだけで、あっという間に時間が経ちます。通常、開示請求→検察官の回答→証拠の謄写→被告人との検討→被告人の回答→再度の開示請求といった手順を繰り返すので、弁護人の机の上だけで簡単に処理できる問題ではありません。

 しかし、このような証拠開示を巡る、まるでトランプの「神経衰弱」のようなやり取りは、弁護人としても、何もこれを好き好んでやっているわけではありません。なかなか公判が開かれない中、遺族等関係者の心理的負担も大変なことと推察します。しかし、他方で、事件が長期化すれば、長期間勾留されている被告人の肉体的精神的負担も相当なものです。多くの弁護人は、手続を進められるものならば早く進めたいというのが本音のはずです。私もそうです。しかし、将来「あのとききちんと証拠開示をしておけば良かった」と後悔するようなことがあってはなりません。これまでの再審無罪事件は、隠された証拠が冤罪の要因であることを物語っています。どこまで証拠開示をやっておくべきか、弁護人のプレッシャーは相当なものです。

 ところで、この「神経衰弱」を終わらせる方法が一つだけあります。それは、検察官に対し全面的な証拠開示をさせる制度を設けることです。全面的証拠開示が実現されれば、公判前整理手続が年単位で続く事件は減少するはずなので、公判前整理手続全体の平均期間も大幅に短くなるでしょう。最高裁は、結果を取りまとめ、対策を講じるというのであれば、全面的な証拠開示に向けた道筋を立ててほしいものです。

 公判前整理手続が長期化する他の原因として、裁判所が過剰に争点や証拠を絞り込もうとする点を指摘することができます。類型証拠開示が完了すると、弁護人は予定主張を明示します(刑事訴訟法316条の17)。予定主張の明示についても、以前、エッセイで書いたことがあります。裁判官によって程度は様々ですが、相当数の裁判官が、検察官と弁護人の予定主張が出そろったところで、双方、特に弁護人に対し詳細にわたって主張を解説させ、公判に持ち込ませない主張を念入りにチェックします。公判前整理手続の段階では証拠を見ることのできない裁判官と、既に証拠を見ている弁護人とでは、圧倒的な情報格差があります。しかし、公判前整理手続という会議をリードするのは裁判官であるため、その権限は強大です。こうして、主張の撤回を説得する裁判官となかなか説得されない弁護人との間で期日をまたいだ押し問答が続くこともあります。また、裁判官は、検察官に対しては、証拠の極端なダイジェスト版(「統合捜査報告書」などと呼びます)を作らせ、できるだけ公判を短縮しようとします。これによって、検察官と弁護人との間で証拠の再検討とダイジェスト版に何を盛り込むかについての攻防が繰り広げられることがあります。

 そもそも、公判前整理手続を「争点や証拠を絞り込む」手続と理解していることが間違いではないかと思います。冒頭の日経の記事もそうでした。争点について、刑事訴訟法316条の5第3号は「公判期日においてすることを予定している主張を明らかにさせて事件の争点を整理すること」と書かれています。「整理する」と「絞り込む」とは全く意味が違います。また、証拠に関しても、同第7号に「証拠調べをする決定又は証拠調べの請求を却下する決定をすること」、同第8号に「証拠調べをする決定をした証拠について、その取調べの順序及び方法を定めること」と書かれていますが、これらを「絞り込む」ように要求している条文は見当たりません。

 公判前整理手続に臨む裁判官は、裁判員の負担に対する過剰なまでの配慮と、想定外の出来事に対する過剰なまでの警戒心によって、このような「絞り込み」をしようとするのではないかと思います。それは、責任をもって裁判をリードする立場にある裁判官の心情として理解できないわけではありません。しかし、私には、はからずも、これが公判前整理手続の長期化の原因の一つになっているように見えます。このような裁判官が目指す裁判員裁判は、まるでシナリオが全て用意された「裁判劇」です。裁判というものが、リアルタイムで主張と証拠をぶつけ合う「生き物」である以上は、多少の想定外の出来事は覚悟して臨んだほうが健全ではないでしょうか。当事者双方の主張が出揃い、特に検察官の主張と証拠構造を確認したところで、足踏みすることなく公判に入ればよいのだと思います。

【関連エッセイ】
シリーズ「弁護人に問う」第5回〜なぜ証拠開示をしないのか
シリーズ「弁護人に問う」第6回〜なぜ検察官の主張立証を固めないのか
シリーズ「弁護人に負う」第8回〜なぜ予定主張を明示するのか
『それでもボクは会議で闘う』

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