弁護士の仕事は「このような場合はどうなるか」を考える仕事と「この事実を証明するにはどうすればよいか」を考える仕事の二つに大別できます。どちらも大切ですが、弁護士の多くがより難しいと感じているのは、後者ではないかと思います。しかも、訴訟の結果を左右するのは、前者ではなく後者であることのほうが多いように思います。
「このような場合はどうなるか」は、本を読んでよく勉強すれば努力に比例してレベルアップするはずです。試験勉強と同じです。さすがに全ての法律とその解釈を理解することは不可能ですが、どうやって調べればよいかを知っていれば、少し時間をかけて正解にたどり着くことができます。全く扱ったことのない分野でない限り、一定の基礎知識と経験を積んだ弁護士であれば、大きく踏み外すことはないでしょう。
しかし「この事実を証明するにはどうすればよいか」は、そうはいきません。いくら本を読んでも身につくわけではありません。法律だけでなく、電子機器の最新情報、経済、行政、金融、通信、医学、その他科学全般から人間観察に至るまで、社会のあらゆる出来事に対して関心を持ち、常にアンテナを張り巡らせておく必要があります。このことは、民事事件でも刑事事件でも同じです。
例えば、「500万円を貸したが返済してもらえない。取り立ててほしい。」という依頼があったとします。貸金返還請求訴訟において、原告は、1金銭の返還約束、2金銭の交付、3弁済期の合意、4弁済期の到来を主張・立証しなければなりません。通常は、借用書(金銭消費貸借契約書)と通帳があれば、貸し借りした事実が争いになることはないはずです。
しかし、借用書が作成されておらず、相手方が貸し借りの事実を争っているとしたら、どうでしょうか。ときどき、借用書のない貸し借りは無効だといった話が出ることもありますが、そのようなことはありません。借用書がなくても、お金の動きを上手く証明できれば何とかなることが多いからです。特に、口座の動きに着目し、貸したときの振込みと、一部返済を受けたときの振込みを抜き出して整理していけば、そこから貸し借りの事実を証明することは可能です。
では、相手方が貸し借りの事実を争っているにもかかわらず、借用書も通帳もない場合はどうでしょうか。例えば、依頼者が「全て現金手渡しだった。領収書もない。」といった説明している場合です。このような場合、弁護士としては、少し慎重に依頼者から話を聞き、証拠収集に努める必要がありそうです。例えば、何度も督促をした形跡、相手が督促を受けて支払義務を認めていた形跡はないでしょうか。これは手紙などの書面に限りません。今では、パソコンや携帯のメール、LINE、Facebook、Twitter、会話録音など、様々な手段が考えられます。特に携帯のメールでのやり取りが威力を発揮することは少なくありません。他方、会話録音については、よほど相手方が積極的に発言している場合でなければ、証拠価値は高くないでしょう。依頼者が一方的にまくしたてて、これに対し相手方が生返事を繰り返しながら逃げているようなやり取りでは、あまり意味がないからです。
お金の貸し借りを、断片的な証拠を積み重ねて証明するしかない場合もあります。例えば、相手に現金を手渡しする日に自分の口座からお金を払い戻したときの記録、自営業者の帳簿の記載、貸したことをほのめかすメモ、貸した日に特別な書き込みのあるカレンダーなど、お金の動きを窺わせるものを多く集められると良いでしょう。
最終的に裁判になった場合、貸したと主張する依頼者の説明を裁判官に信用してもらわなければなりません。そのためには、依頼者の説明が客観的事実と合致していなければなりません。例えば、相手方と一緒に写っている写真、当日の天気が特徴的であった場合は気象データ、移動経路に関するカーナビの履歴、待ち合わせ場所まで高速道路を使った場合の料金明細、手土産を買ったり一緒に昼食をとったときのレシートなど、様々なものが考えられます。これらの証拠を入手する際、弁護士会照会制度を大いに利用することができます。
これらの証拠と依頼者の説明が一致するという主張に対しては、当然「後でつじつまを合わせただけだ」という反論が考えられます。しかし、依頼者が、当初から一貫した説明をしてきたのであれば、なかなか「つじつま合わせ」とは言いにくいでしょう。客観的事実と合致し、しかも一貫している説明は、強力な証拠となることがあります。他方、相手方の説明が正しくないと反論する場合も、相手方の説明と客観的事実との矛盾を突くことが重要です。この点、証拠もないのに「不自然だ、不合理だ」と連呼するだけの反論をよく見かけます。しかし、立場が変われば物の見方も変わる以上、余程のことがない限り、「不自然だ、不合理だ」はあまり説得力がないように感じます。
このように、貸し借りの事実一つとっても、様々な角度から「この事実を証明するにはどうすればよいか」を考え抜くのが弁護士の仕事であり、ここが依頼者との大きな違いだと思います。依頼者は「このような場合はどうなるか」に強い関心を持っている場合が多いように見受けられますが、弁護士は、依頼者とは少し視点を変えて「この事実を証明するにはどうすればよいか」を常に意識する必要があると思います。