民事か刑事かの択一ではなく

 例えば、詐欺事件や傷害事件など、不法行為であると同時に犯罪でもある場合、「これは民事の問題ですか。それとも刑事の問題ですか。」という質問を受けることがあります。この質問に対しては、「民事事件と刑事事件の両方の側面を持ちます。」という答えになります。弁護士にとっては常識ですが、両方を見据えて事件を取り扱うのは、そう簡単ではありません。

 加害者側から依頼を受けた場合において、被害者側との示談交渉や民事訴訟など民事事件から入ったときには、将来、刑事事件として捜査、特に逮捕・勾留を伴う強制捜査になる可能性を見据えた示談交渉が必要となります。依頼者の主張を踏まえて適切に民事事件に対応しつつ、強制捜査を回避する方向を探るというのは、非常に難しいことです。

 逆に、既に強制捜査が進んでいて、弁護人として示談交渉等の民事事件に対応することもあります。このときには、示談等の成立が刑事事件(捜査段階・公判段階)に及ぼす影響を正確に見据えながら交渉にあたることになります。軽微な事件や、告訴が取り消されると捜査が進まなくなる「親告罪」でもない限り、示談等の成立によって処罰を免れるほど大きな効果が得られることはむしろ少なく、甘い見通しは厳禁です。

 他方、被害者側から依頼を受けた場合、依頼者の強い関心がどこにあるのかを把握しておかなければなりません。被害が回復すればよく加害者の処罰にはあまり関心がない場合もあれば、加害者の処罰に強い関心を持つ場合もあります。そして、その関心は刻々と変化することもあります。被害回復を中心に見据えるのであれば、まずは加害者側と示談交渉を試みることが多いと思います。しかし、加害者側に誠意が見られないなど、示談交渉が上手くいかない場合もあります。

 この場合、刑事告訴が分岐点となります。しかし、告訴で警察官や検察官を動かすためには、証拠をそろえたり主張を整理したりする作業が必要不可欠です。もっとも、この段階で証拠と言っても、弁護士には捜査機関のような強大な権限はありませんので、どうしても断片的な証拠にとどまることが多くなります。しかし、足りない部分は主張で肉付けし、捜査機関に対し、証拠収集すべきポイントを示し、捜査に取り掛かりやすいように工夫すればよいと思います。

 加えて、被害者側で告訴する場合、処罰を求める依頼者の強い意思を明確にしておくことが大切です。私の経験上、依頼者の意思が揺らいでいる事例は、捜査機関の動きは鈍くなる傾向があり、また、示談交渉のために捜査機関を利用しているように見えてしまう事例も、同様の傾向があるように感じます。警察は民事不介入ですから、警察が示談についてとやかく口を挟む問題ではないのですが、現実問題として、捜査機関が強制捜査に着手すると、処罰を免れたり軽くしたりするため加害者側が好条件の示談案を出してくることがあります。捜査機関もこのような実情をよく知っており、被害者側のこのような動きに敏感なのでしょう。

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