ほとんどの弁護士は民事事件を中心に扱っています。私は刑事事件を扱う件数が比較的多いほうだとは思いますが、それでも民事事件のほうが圧倒的に多いです。
ところで、民事事件を扱うにあたって最も重要な法律は何かと問われれば、多くの弁護士は民法と答えるだろうと思います。もちろん、複雑な事件を解決するためには、民法だけでは全然足りず、様々な法律を駆使しなければなりません。しかし、民法という法律は、個人対個人、法人対法人、個人対法人を規律する「私法」における根本的な法律という意味で、特別に重要です。家に例えれば、民法以外の法律が柱や壁や屋根だとすれば、民法は土台といえるでしょう。私は、弁護士が他の分野の専門家、例えば税理士、司法書士といった専門家の方々と大きく違うのは、この民法に対する理解と民法を使いこなす力にあると思います。逆に言えば、弁護士である以上、民法を日常会話のようにスラスラと使いこなせなければならないと思います。
ところが、その民法に、今、大改正の波が押し寄せています。大学教授が中心となって「民法(債権法)改正検討委員会」を設立し、民法の債権法の分野を根本的に改正する準備作業が進められているのです。民法典は、①総則、②物権、③債権、④親族、⑤相続の5編から構成されていますが、このうちの③を抜本的に手直しするというわけです。①~⑤に分かれていても、当然、それぞれ関連しているので、③を変えるだけでは済まず、①~⑤全部、特に①~③を大きく変えることになるでしょう。
先日、検討委員会のホームページを見て、本格的な議論が進んでいることに驚きました。
http://www.shojihomu.or.jp/saikenhou/indexja.html
例えば、民法の基本理論である債務不履行や不法行為の「過失責任主義」を採用しないそうです。現在は、相手方の債務不履行や不法行為をどうやって主張・立証するかを検討する際、相手方に落ち度(過失)があったかどうかは非常に重要な問題でした。検討委員会の議論では、これにかわって、「契約は守らなければならない」という契約の拘束力から義務が発生するという仕組みを検討しているようです。
また、消滅時効制度も抜本的に見直すようです。消滅時効は、一定の年数が経過すると権利を行使することができなくなるという制度です。今の制度には、いつから時効がスタートするのか、また、どこで時効が中断したことになるのか(振り出しに戻るのか)、さらには、1年、2年、3年、5年、10年、一体何年で時効になるのか、といった非常に難しい問題がたくさんあります。そして恐ろしいのは、弁護士が時効に関する判断を間違えると、ミスでは済まされない大問題に発展することがあるのです。検討委員会では、債権の時効期間を統一化・短縮化して、分かりやすくスッキリさせることを検討しているようです。これは弁護士にとって有り難いことだと思います。
私は、仕事でよく使う法律が改正されたとき、実際に仕事を進めながら同時並行で本を買って、該当箇所を斜め読みしながら勉強しています。学生のように腰を据えて勉強に集中する時間はなかなか取れません。おそらく多くの弁護士もそうだろうと思います。しかし、民法だけはそうはいかないでしょう。改正されるとしても、もうしばらく先のことですが、今のうちから少しずつ勉強を始める必要がありそうです。