名張毒ぶどう酒事件の最高裁決定

 4月6日、最高裁判所は、名張毒ぶどう酒事件(請求人奥西勝さん)の再審請求について、再審開始決定(平成17年)を取り消した名古屋高裁決定(平成18年)をさらに取り消し、高裁に審理を差し戻す決定をしました。私も、この事件の弁護人の一人ですので、当日、突然の決定に驚き、対応に追われました。

 「差戻し決定」というのは、大変分かりにくい決定ですが、今回、最高裁には次の3つの選択肢がありました。一つ目は、再審請求を認める「開始決定」、二つ目は、再審請求を認めない「棄却決定」、そして三つ目に、再審請求を認めるかどうかを名古屋高裁でもう少し審理してから決めさせる「差戻し決定」です。このうち、「開始決定」であれば、奥西さんは万々歳で再審公判を迎えることになります。足利事件の菅家さんと同じルートです。逆に「棄却決定」であれば、目の前が真っ暗になり、また再審請求を一からやり直すことになります。

 では、今回の「差戻し決定」をどのように評価すればよいのでしょうか。最高裁がはっきりと再審開始を認めてくれなかったという意味では大変残念です。84歳の奥西さんに残された時間は決して長くありません。最高裁は、どうして自分自身で決着しなかったのか、そういう思いは強くあります。内容的にも、最高裁は、犯行に使われた毒物が実は別の物だったのではないかという証拠以外の証拠については、その価値を全て否定しています。奥西さんのひどい「自白」については、ひと言も触れていません。その意味で、全体としてはひどい決定だと思います。

 しかし、それでも再審への道を閉ざす「棄却決定」に比べれば、何百倍もましです。それに、平成18年の「取消決定」の誤りを認めてくれただけでも、非常に大きな意義があると思います。最高裁は、今後の審理について、毒物の問題一本に絞るように示唆しましたが、ここで勝てれば他がどうであろうと奥西さんは外に出られる、そういう内容の決定にも読めます。これから再び、名古屋高裁での審理が始まりますが、裁判員裁判だけでなく、名張毒ぶどう酒事件についても、同じように世間の強い関心が集まってくれるとよいと思います。

 6日に面会したときの奥西さんは、顔色がとても良く、口調もしっかりしていました。最高裁決定によって死刑の執行は再び停止しましたので、しばらくは執行の恐怖におびえることなく安心して寝られることと思います。何とか外に出られるまで、奥西さんには長生きしてほしいと願っています。

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