先日、愛知県弁護士会の行事で韓国・光州地方弁護士会を訪問しました。弁護士会同士の交流も大切な目的でしたが、今回、先方のご協力により、光州地方法院(裁判所)と光州地方検察庁の訪問が実現しました。そこで韓国の捜査段階における刑事司法制度について非常に興味深い話を聞くことができました。
裁判所では、判事から、被疑者を勾留(拘束)する前に審問の場に弁護人を立ち会わせる拘束前被疑者尋問制度についての説明を受けました。非常に早い段階で、裁判官が弁護人の意見を十分に聴く機会があるというのです。驚くべきことに、光州では、検察官が勾留請求した事件のうち4分の1程度が却下(勾留しない)されているそうです。もちろん、他国の制度を日本と単純に比較することはできません。しかし、弁護人の立会いもなく、ほとんど自動的に99%の被疑者が勾留されてしまう日本と比較すると、両国の間に被疑者を拘束することについての根本的な意識の違いがあることは確かだと思います。もっとも、日本でも、現在の法律を変えずに、運用を変えるだけで韓国と同じように実質的な審問の機会を設けることは可能なはずです。その意味で、私たち日本の弁護士が裁判所に働きかけてもっと頑張らなければならない側面もあると感じました。
検察庁では、検事から取調べの録音・録画についての説明を受け、実際に録音・録画装置のある取調室を見学しました。日本でも議論になっている取調べの可視化の問題です。韓国では日本に先行して取調べの可視化が進んでいますが、可視化しない事件も多いなど、韓国の制度も決して手放しで賞賛できるようなものではないようです。私は日本の検察庁でも録音・録画装置のある取調室を見学したことがあり、装置自体は、韓国も日本とほぼ同じような物でした。その意味で、韓国の可視化制度そのものに関して特に驚くような発見はありませんでした。
私が感銘を受けたのは、説明してくれた検事の一言です。私たちは、その検事に、録音・録画すると被疑者が自由に話せなくなって取調べがやりにくく感じることはないかと尋ねました。日本の検事が、取調べの録音・録画に反対する代表的な理由の一つです。その検事は、最初は録音・録画を気にする被疑者もいるが、すぐに取調べに集中して録音・録画を気にしなくなると説明し、もっと録音・録画が増えればいいと思う、と感想を述べました。そして、サラッとこうつけ加えたのです。「取調べの録音・録画は被疑者の人権保障のためにあるのです。」
刑事訴訟法を学べば、被疑者の人権保障が大切だということは、当然のように何度も出てきます。検事の言葉は、別に真新しいものではありません。しかし、私は、日本で「被疑者の人権保障のためです」とサラッと語ることのできる現役の検事に出会ったことがありません。日本の検事が内心どう思っているのかは分かりませんが、日本では、そのようなことを大っぴらに言いにくい雰囲気があるのかも知れません。しかし、その雰囲気こそが、頑なに冤罪を認めず、ときには証拠を出し惜しみするという姿勢につながっているように感じます。私は、韓国が、もともと日本の刑事司法を手本にしながらも、現在、日本より先進的である理由が少し分かったような気がしました。
他国の法制度に触れることは、自分の日々の仕事を見つめ直す良い刺激になります。またこのような機会を見つけていきたいと思います。
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