先日、私にとって6件目の裁判員裁判の弁護をしました。被告人は若い男性で、3件の重い性犯罪で起訴されました。彼は、私たち弁護人に対し、3件のうち1件については「心当たりがない」と述べ、他の2件については認めていました。事件の内容からすれば致し方ないのですが、かなり重い刑が予想され、弁護人にとって大きなプレッシャーがかかる事件でした。
裁判員裁判の対象となる事件については、公判(法廷での裁判)を開く前に、公判前整理手続を行います。ここでは、裁判官、検察官、弁護人の三者で事件の争点や証拠について協議します。この協議を通じて、検察官の主張の弱いところを知り、弁護方針を決めることになります。また、弁護人は、検察官に対し、検察官が裁判に用いようとする証拠以外の証拠の開示を求めることができます。制度上、検察官の手持ち証拠の全てを開示させることは非常に困難ですが、やりようによってはかなりの証拠を開示させることができ、非常に効果的です。
まず、彼が「心当たりがない」という1件に関連して、私たちは何度も証拠開示請求をしました。その結果、客観的証拠はほぼ揃っており、このまま「心当たりがない」と言って否認を続けることは得策ではないと思われました。私たちは、彼に記録を差し入れ、時間をかけて彼と話し合い、裁判の見通しを伝えながら、彼の最終的な希望を聞きました。彼は、やはり心当たりはないが、自分が犯人であると納得したので、自分がやったことと受け止め、裁判では争わないと言いました。このときの十分な話し合いがなければ、判決で「不合理な弁解をしている」と悪い評価を受けていたかも知れません。
次に、彼が認めている2件のうち1件について、検察官から開示を受けた証拠を検討していくうちに、果たして本当に彼に故意があったのか疑問が生じました。彼に記録を差し入れてよく思い出してもらったところ、私の疑問は当たっていました。当時の被害者の供述や、彼が逮捕される前後の供述などから、彼の自白(故意を認める供述)は取調官の誘導によって作られたものと思われました。そこで、私たちは、この点について公判前整理手続で何度も協議を重ねました。そして、最終的に、検察官は私たちの主張どおりに訴因変更請求し、当初の主張を撤回しました。被告人が認めているからと言って、安易にそれに乗ってはいけないと改めて痛感しました。
このような慎重な公判前整理手続を行った上、公判は被告人が事実を認めている事件として静かに進行しました。判決は、起訴されたときに私たちが予想していたよりも、だいぶ抑えられたように思います。
この事件を通じて、裁判員裁判は、公判が始まる前、公判前整理手続の段階で八割方決着がつくということを再認識させられました。このような現状については賛否両論あるでしょう。しかし、少なくとも弁護人としては、公判前整理手続こそ主戦場と心得て事件に臨むべきだと思います。
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