国選弁護と私選弁護

 刑事事件の被疑者・被告人には国選弁護人か私選弁護人がつきます。国選弁護人は貧困その他の事由により私選弁護人を付けることができない被疑者・被告人のために国が選任する弁護人で、私選弁護人は被疑者・被告人又はその親族等との間で委任契約を締結して弁護活動をする弁護人です。制度上は、私選弁護人をつけられない場合に国選弁護人をつけることができるとされているので、私選弁護人が原則的形態となっています。

 ところが、地方裁判所における刑事弁護人(被告人段階)の選任率の推移は次のとおりです。
1992年 国選弁護人61.7% 私選弁護人36.6%
2012年 国選弁護人85.1% 私選弁護人17.8%
 こうしてみると、20年間で国選弁護人の比率は大幅に増え、現在ではむしろ国選弁護人が原則といえるほどになってきました。

 ところで、国選弁護人と私選弁護人の大きな違いは、国選弁護人の場合、被疑者・被告人又は親族等が自由に弁護士を選べないという点にあります。多くの弁護士会では、その日の担当者が偶然に割り当てられた事件を弁護するシステムになっているからです。このような制度設計になったのには複雑な経緯があるようです。しかし、概して言えば、以前は国選弁護の担い手の確保が困難であり、弁護士全体で広く国選弁護を担当しなければ制度として成り立たないという実情があったのだろうと推察します。

 そのためか、以前は、国選弁護人では十分な弁護活動が期待できないので、何とか費用を工面して私選弁護人をつけたほうがよいと言われることがしばしばありました。特に、以前は捜査段階での国選弁護制度がなかったので、法律扶助(刑事被疑者援助)制度を使えなければ、私選弁護人をつけるしかありませんでした。

 しかし、刑事司法の分野はここ十年で劇的に変わりました。とりわけ2004年に立法化された被疑者国選弁護制度、公判前整理手続、2009年に開始された裁判員裁判、被疑者国選対象事件の大幅な拡大、既に一部運用されている取調べの録音録画は非常に大きな変化です。捜査段階における接見の手法、公判前整理手続における獲得目標の設定、公判廷での立ち振る舞い等、全てが変わったと言っても過言ではありません。そして、制度だけでなく、捜査機関の証拠収集も大きく様変わりしました。DNA鑑定、パソコンや携帯等の分析、防犯カメラの解析等の科学捜査は格段に進歩しており、これらの証明力とその限界を理解しながら対策を講じることができなければ、十分な弁護活動をしたとはいえません。刑事弁護は、もはや弁護士であれば誰でもできる分野とは言えなくなったと実感します。

 このような変化の中、前述のように、現在、国選弁護人の比率は85%以上であり、刑事弁護の原則的形態になりつつあります。そして、弁護士人口が増加し、やる気のある若い弁護士が刑事弁護の世界に参入してきたこともあって、今では国選弁護の担い手を十分に確保できるようになりました。必然的に国選弁護の質も全体として向上しました。こうして、国選弁護は私選弁護と比べて遜色ないといえる時代が到来しました。

 そうすると、今度は、私選弁護人だけでなく国選弁護人についても、被疑者・被告人又は親族等がこれを自由に選べるようにするのが望ましいという議論が強くなります。制度的背景は異なりますが、国選弁護と私選弁護をそれぞれ保険診療と自由診療になぞらえた考え方です。私も、基本的にはこの考え方に賛成で、現行制度上、被疑者・被告人が国選弁護人を自由に選ぶことは十分可能ではないかと考えています。

 他方、懸念される問題もあります。一般の人達は、通常どの弁護士が適切に刑事弁護をやっているのかを知る方法がありません。弁護士を自由に選ぶことができるとしても、インターネット等で過剰な宣伝を繰り返している未熟な弁護士ばかりが目に止まり、結果的に十分な弁護を受けられないおそれが出てきます。一般の人達が反復経験するサービスや商品の購入であれば、物の善し悪しは見極めやすく、自由競争にさらして自然淘汰させることは可能ですが、弁護士選びはそう簡単ではないように思います。「悪貨は良貨を駆逐する」という側面が強いからです。

 弁護士会では、研修等を通じて刑事弁護の質を向上させる取組みを続けています。しかし、国選弁護を取り巻く環境がこれだけ短期間で変化すると、今後さらに議論を先に進め、一定水準をクリアした弁護士のみが国選弁護人の名簿に登録できる仕組みを作ろうという動きが急速化する可能性があります。裁判員裁判対象事件については、一部の弁護士会で既にそのような動きが出始めています。こうなってくると、弁護士であれば誰でも携わることのできる私選弁護よりも、一定の品質保証がある国選弁護のほうが信頼できるという話になってくるかも知れません。

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