12月4日の日本経済新聞朝刊(社会面)に興味深い記事が掲載されていました。以下、引用します。
「逮捕した容疑者について検察が身柄拘束の継続を求める『勾留請求』を裁判所が認めない割合が年々増えている。10年前まで1千件に1件程度だったが、2010年に100件に1件を超え、13年まで上昇傾向が続く。最高裁も拘束を許可しない判断を相次いで示すなど、裁判所が『人質司法』を見直す姿勢を鮮明にした形。専門家は『市民が参加する裁判員裁判の時代に適合している』と評価する。
最高裁第1小法廷(桜井龍子裁判長)は11月17日付の決定で、電車内で痴漢をした疑いで逮捕された大阪の容疑者について、勾留を認めた2審の判断を取り消した。5人の裁判官の全員一致だった。
同小法廷は決定理由で、勾留請求を認めるかどうかの基準について『証拠隠滅の現実的可能性がどの程度あるかが問題』と指摘。単に証拠隠滅の恐れがあればいいとした従来の判断から一歩進み『容疑者が(証拠隠滅目的で)痴漢被害者に接触する可能性が高いことを示す具体的事情はない』と判断した。
同小法廷は、関東の詐欺事件の共犯として起訴され、既に10回の公判が開かれた被告についても『現実的でない証拠隠滅の恐れを理由に身柄拘束を続けるべきではない』として、保釈を認めなかった2審の判断を同18日付で取り消した。
犯罪白書によると、裁判所が検察官の勾留請求を却下した割合は13年に1.6%。わずか0.1%だった02年と比べて大幅に上昇した。」
「人質司法」とは、逮捕・勾留によって被疑者から自白を得ようとし、否認すれば長期にわたって勾留し続けるという刑事司法の実態を指す言葉です。捜査機関や裁判所は、この言葉を非常に嫌っており「人質司法」の存在自体を認めようとしませんが、ある程度刑事弁護に携わったことのある弁護士であれば、誰もが共通認識を持っている言葉です。この「人質司法」と、ほとんどの被疑者が拘置所(法務省の拘置施設)ではなく代用監獄(警察署の留置施設)に勾留されるという実態が相まって、冤罪の温床になっていると言われ、国際社会からも痛烈に批判されています(先進国として恥ずかしいレベルです)。
このような「人質司法」が変わるのであれば、弁護士として大変喜ばしいことであり、全体の傾向としては、新聞記事の論調でよいのではないかと思います。
他方、この傾向を過大評価できない面もあります。
被疑者を勾留するためには、次の3要件が必要とされます。
1 犯罪の嫌疑(罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由、刑事訴訟法60条1項)
2 勾留の理由(次のうち少なくとも1つにあたること、同法60条1項)
(1)住居不定
(2)罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由
(3)逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由
3 勾留の必要性(1の嫌疑と2の理由があっても、なお被疑者を勾留する実質的な必要性が認められること、同法87条1項)
新聞記事によると、最高裁は、証拠隠滅の現実的可能性がどの程度あるかを問題にしたとあるので、上記要件のうち2(2)の基準を示したようにも読めます。ところが、記事に引用されている最高裁平成26年11月17日決定は次のようになっています。
「被疑者は、前科前歴がない会社員であり、原決定によっても逃亡のおそれが否定されていることなどに照らせば、本件において勾留の必要性の判断を左右する要素は、罪証隠滅の現実的可能性の程度と考えられ、原々審が、勾留の理由があることを前提に勾留の必要性を否定したのは、この可能性が低いと判断したものと考えられる。本件事案の性質に加え、本件が京都市内の中心部を走る朝の通勤通学時間帯の地下鉄車両内で発生したもので、被疑者が被害少女に接触する可能性が高いことを示すような具体的な事情がうかがわれないことからすると、原々審の上記判断が不合理であるとはいえないところ、原決定の説示をみても、被害少女に対する現実的な働きかけの可能性もあるというのみで、その可能性の程度について原々審と異なる判断をした理由が何ら示されていない。
そうすると、勾留の必要性を否定した原々審の裁判を取り消して、勾留を認めた原決定には、刑訴法60条1項、426条の解釈適用を誤った違法があり、これが決定に影響を及ぼし、原決定を取り消さなければ著しく正義に反するものと認められる。」
このように、最高裁は、勾留の理由ではなく、勾留の必要性に関する原審の判断を取り消しており、勾留の理由については何も触れていません。勾留の必要性について判断すれば、勾留請求却下という結論を導くことができると考えたからでしょう。
ところが、勾留の理由が、上記(1)〜(3)をそれぞれ独立に判断し、基準が比較的明確であるのに対し、勾留の必要性は、漠然とした要件であり、事件の重大性、捜査の進捗状況、被疑者のプロフィール等を踏まえ総合的に判断した結果、やはり必要性ありとされる可能性がある実質的要件といえます。
従って、弁護士としては、今回の最高裁決定が出たからと言って手放しで喜ぶことはできず、なお、罪証隠滅のおそれだけでなく、他のあらゆる要素に目配りしながら勾留の要件を満たさない旨を指摘していかなければ、勾留請求を却下させるのは難しいと認識する必要がありそうです。
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