シリーズ「弁護人に問う」番外編〜なぜ準抗告しないのか

 刑事弁護には、大別して捜査段階と公判段階の二つの弁護活動があります。刻々と進んでいく手続の中でタイミングよく効果的な弁護活動をするのは非常に難しいことですが、そのような中、弁護にはいくつかのセオリーが存在し、最低限そのセオリーを抑えた上でプラスαとして何ができるのかを考え、実践していくことが理想であると考えています。そのセオリーとは、私の場合、捜査段階においては黙秘と身体拘束からの解放に関すること、公判段階においては証拠開示に関することを指します。

 シリーズ「弁護人に問う」では、黙秘(第2回)と証拠開示(第5回)について、比較的詳しく述べたつもりですが、実は身体拘束からの解放については、重要な問題であるにもかかわらず、抜け落ちていました。そこで、今回は番外編として、捜査段階における身体拘束からの解放、特に勾留決定に対する準抗告について述べようと思います。なお、身体拘束からの解放に関しては、公判段階における保釈が実務上非常に重要であり、一章設けて論じたいところですが、勾留決定に対する準抗告と保釈は、ステージは異なるものの、基本的には共通の問題であると考えますので、今回は保釈については割愛します。

 逮捕された被疑者は、警察官が留置の必要があると判断したとき、48時間以内に書類及び証拠物とともに検察官に送致されます(刑事訴訟法203条1項)。そして、検察官は、被疑者を留置する必要があると判断したとき、24時間以内に勾留を請求します(205条1項)。ここまで最大3日=72時間です(205条2項)。勾留請求を受けた裁判官は、速やかに勾留状を発付しなければならないとされ(勾留決定)、勾留の理由がないと認めるときは直ちに被疑者の釈放を命じなければなりません(207条4項)。起訴される前の勾留期間は、勾留請求日を含めて10日以内(208条1項)、「やむを得ない事由」があると認められた場合、延長は最大10日間です(同条2項)。

 被疑者を勾留するためには、次の3要件が必要とされます。
1 犯罪の嫌疑(罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由、60条1項)
2 勾留の理由(次のうち少なくとも1つにあたること、60条1項)
(1)住居不定
(2)罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由
(3)逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由
3 勾留の必要性(1の嫌疑と2の理由があっても、なお被疑者を勾留する実質的な必要性が認められること、87条1項)

 裁判官の勾留決定に不服がある場合、これに対して準抗告を申し立てることができます(429条1項2号)。準抗告審は3名の裁判官で審理し(同条3項)、準抗告に理由があると認められれば、勾留決定は取り消され、勾留請求が却下されるため、被疑者は直ちに釈放されます(432条、426条2項)。

 勾留は、自由を奪われた時間がいつまで続くのか分からない、不安で苦痛に満ちた状態です。取調官は、被疑者がそのような不安で苦痛に満ちた状態にあることをよく知った上で、被疑者を自由に取調室に呼び出し、自白を促し、ときには自白を強く迫り、供述調書へのサインを求めます。勾留された被疑者が、冷静な判断をすることができず、誤った供述調書にサインをする危険は非常に高いといえます。犯罪が成立するかどうかだけでなく、情状に関する事実も含め、勾留は誤判を誘発する装置とさえ言えると思います。

 この点、被疑者の身体拘束が解かれれば、情勢は一変します。何よりも、被疑者は、一般社会の中で日常生活を続けることができます。そして、捜査機関の呼出しがあったときも、日常生活との折り合いをつけながら、時間調整の上、これに対応すればよいことになります。アクリル板で遮られた接見室ではなく自由な空間で弁護人のアドバイスを受けることができます。勾留されていない事件のほうが、勾留されている事件よりも、経験則上、被疑者の自白に頼ることなく客観的な証拠をより重視する傾向にあるため、結局のところ公正な捜査・裁判につながるのではないかと私は考えます。

 そこで、弁護人としては、捜査段階において、被疑者の身体拘束を解くための弁護活動、すなわち準抗告の申立を積極的にしていきたいところですが、残念ながら、従前、この申立はあまり活発になされてきたとはいえませんでした。圧倒的多数の事件が、捜査段階で勾留を争うことなく満期を迎えていたのではないかと推察します。原因として考えられるのは、一つには捜査段階で弁護人がつかない事件が多かったという歴史的経緯があると思います。被疑者段階で国選弁護人が選任される事件が大幅に拡大したのは、平成21年(2009年)のことです。それ以前は、親族等が知り合いの弁護士に私選弁護を依頼するか、当番弁護士として派遣された弁護士が法律扶助制度(刑事被疑者援助制度)を利用して弁護人になるかのいずれかでした。もう一つ、捜査段階に弁護人がつく事件が少なかったこともあって、捜査段階における弁護活動の実践や研究が十分に深まらず、説得力のある準抗告申立が少なかったのではないかということです。

 捜査段階の弁護活動が当たり前となった昨年、最高裁が興味深い決定を出しました(平成26年11月17日決定)。以前、このコーナーでも触れたことがあります(人質司法は変わるか?)。最高裁は、次のとおり指摘し、勾留請求を却下しました。
 「被疑者は、前科前歴がない会社員であり、原決定によっても逃亡のおそれが否定されていることなどに照らせば、本件において勾留の必要性の判断を左右する要素は、罪証隠滅の現実的可能性の程度と考えられ、原々審が、勾留の理由があることを前提に勾留の必要性を否定したのは、この可能性が低いと判断したものと考えられる。本件事案の性質に加え、本件が京都市内の中心部を走る朝の通勤通学時間帯の地下鉄車両内で発生したもので、被疑者が被害少女に接触する可能性が高いことを示すような具体的な事情がうかがわれないことからすると、原々審の上記判断が不合理であるとはいえないところ、原決定の説示をみても、被害少女に対する現実的な働きかけの可能性もあるというのみで、その可能性の程度について原々審と異なる判断をした理由が何ら示されていない。
 そうすると、勾留の必要性を否定した原々審の裁判を取り消して、勾留を認めた原決定には、刑訴法60条1項、426条の解釈適用を誤った違法があり、これが決定に影響を及ぼし、原決定を取り消さなければ著しく正義に反するものと認められる。」

 この最高裁決定については、判例時報などで先例的価値を疑問視する評釈もあるようですが、勾留決定に関する検察官の主張を認容した決定に対し、正面から弁護人の特別抗告を認容した稀有な例として、やはり実務上のインパクトは大きいようです。現に、この決定後、委員会等で、勾留決定に対する準抗告が認容されたという報告をよく聞くようになりました。

 今後、弁護人は、勾留決定に対する準抗告を申し立てるにあたっては、次のような視点を意識しつつ、最高裁決定を丁寧に引用しながら、詳しい申立書を作成すべきです。
1 比較的軽微な事案といえないか
2 突発的で、特に現行犯又はそれに準ずる事案といえないか
3 被疑者が被害者と面識のない事案又はそれに準ずる事案といえないか
4 被疑者が定職に就いている事案又はそれに準ずる事案といえないか
5 家族又はそれに準ずる身元引受人がいる事案といえないか
6 事実を認めている事件の場合、被害者に弁償金を支払ったか、あるいは弁償金を準備した事案といえないか

 上記申立書を作成する際、被疑者や関係者の陳述書、弁護人の報告書などの添付資料を集め、主張し放しにならないように、主張と資料を対応させておく必要があると思います。

 勾留決定に対する準抗告のハードルは、決して低くはありませんが、多くの弁護人がチャレンジすることによって、裁判所の運用をさらに変えることができるはずです。

【関連エッセイ】
第1回~なぜ被疑者・被告人に向き合わないのか
第2回~なぜ黙秘権を行使しないのか
第3回~なぜ勾留理由開示をしないのか
第4回~なぜ示談できないのか
第5回~なぜ証拠開示をしないのか
第6回~なぜ検察官の主張立証を固めないのか
第7回~なぜ不同意意見を述べないのか
第8回~なぜ予定主張を明示するのか
第9回~なぜ被告人を隣に座らせないのか
第10回~なぜ異議を申し立てないのか
第11回~なぜ弁論をするのか
第12回〜なぜ控訴をするのか
人質司法は変わるか?

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