ひと昔前は、事実関係に争いのない刑事事件において、弁護人が示談書を証拠調べ請求すると、検察官が示談後に被害者と電話で話した内容をまとめた電話聴取書を証拠調べ請求し、電話聴取書の証拠調べに同意するなら、バーターで示談書にも同意するというやり取りが頻繁に行われていました。特に、示談書の中に、被害者が「被告人を許す(宥恕する)」という一文が明記されている場合、検察官が、被害者に電話連絡し、「示談書には許すと書かれているが、実際はそうでもない」という趣旨の回答を得て、示談書の効果を弱める目的で電話聴取書を作成するようです。
このような展開を防ぐためには、示談書作成の際、被害者に対し、示談成立後、検察官から問い合わせがある旨を丁寧に説明し、上記のような電話聴取書を作られないようにするのが最良の方策です。しかし、被害者の心情が実際に揺れ動いている事例もあり、最良の方策が功を奏するとは限りません。
そのような場合、示談の際、無理して、「被告人を許す」という文言を入れないほうが無難かも知れません。実際、量刑に影響を及ぼすのは、被害者が被告人を許すかどうかよりも、事件の規模や内容に相応しい被害弁償がなされたかどうかです。被害者の処罰感情については、量刑上全く無関係ではありませんが、事案同士のバランスを失しないためにも、一般的にはあまり重視されない傾向にあるようです。ですから、示談書は、被害弁償をしたことと民事上解決したことを明記すれば足りると思います。
それでも、検察官が、示談の価値を下げるべく、上記のような電話聴取書を証拠調べ請求することがあるかも知れません。弁護人は、そのような場合、どうすれば良いのでしょうか。答えはシンプルです。被告人質問の中で、被告人自身が体験した事実として、示談に関する事項を丁寧に供述させた上、そのような供述を裏づけるため、刑事訴訟規則199条の10に基づき、示談書の実物を示し、書面の同一性(そのような示談書が実際に存在すること)について質問すればよいのです。示談成立が確かな事実であれば、被告人質問プラス示談書の存在立証だけで十分でしょう。その上で、検察官請求の電話聴取書を不同意にすればよいのです。まさか、裁判官も、検察官の電話聴取書がなければ示談書の信用性に疑問がある、とは言わないはずです。私自身も、過去に何度かこのような方法で示談書を実質証拠として提出したのと同じ水準の立証をしたことがあります。
しかし、ここ数年、示談書に対し電話聴取書をぶつけてくる検察官は見かけなくなりました。自分自身が示談成立時に被害者の意思を入念に確認するようになったせいもあるでしょうが、示談は示談でひとまず尊重し、公益の代表者としてフェアな訴訟活動を心がけようという検察官の意識改革があるのかも知れません。仮にそうであるとすれば、喜ばしいことです。