大学入試でカンニングしたとされる学生が「偽計業務妨害罪」で逮捕されたというニュースがありました。数日前から全国的に大きく取り上げられ、一体どこまで報道が過熱するのだろうと思っていましたが、逮捕されたと聞いて驚くとともに、今の社会を象徴するような余裕のない対応に悲しくなりました。私は、自分のよく知らない事件について、無責任にコメントすることは嫌いですが、今回の事件に関しては少し書きたいと思います。
報道によると、今回の被疑事実は、19歳の少年が京都大学の入試の英語の試験中に、携帯電話でヤフー知恵袋に試験問題を投稿し、閲覧者から解答を得るなどし、入試の公正さを害して混乱させたというものです。そして、捜査機関は、これが刑法の偽計業務妨害罪にあたると見ているようです。しかし、果たしてそうでしょうか。
偽計業務妨害罪にあたる例としては、そば屋に架空の注文をして配達させたとか、郵便配達で使うバイクのタイヤの空気をひそかに抜いたといった事例がよく挙げられます。デパートの売り場の布団に縫い針を混入させたという事例も代表的です。どれも、その行為が業務の遂行そのものに直接的な打撃を与えることは明確ですし、そもそも、彼らは業務の妨害を狙って行動しています。刑法では、このように明確で悪質な行為だけを処罰の対象とする解釈がとられています。
これに対して、今回の事件は、不正な方法で答案を作成したというものです。確かに不正はいけませんが、所詮、試験という枠組の中で起きた出来事であり、入試は何も妨害されていません。すなわち、不正が発覚すれば不合格になるでしょうが、それだけのことです。騒ぎが大きかったことから、大学はさぞかし混乱したことでしょう。大学関係者の大変な苦労も想像できます。しかし、その苦労と業務が妨害されることとは、やはり質的に違うと思います。今話題の大相撲に置き換えれば、八百長をした力士は、皆、日本相撲協会の業務を妨害したから逮捕しろということにもなり兼ねません。偽計業務妨害罪というのは、このようにこじつければ際限なく適用される危険性のある犯罪類型なのです。私は、この少年を偽計業務妨害罪で逮捕したのは間違っていると思います。
もう一つ、今回の大学の対応は何という余裕がないものでしょうか。報道によれば、この少年は大学進学を目指して真面目に浪人生活を送っていた子のようです。その彼が大学に入りたいという思いの余り、若さゆえの未熟さも手伝って、カンニングという過ちを犯してしまった。そういう、まがりなりにも自分の大学に志願してやって来た受験生を、不正をしたからと言って警察に突き出すというのは、余りにも大人気ない。そして、マスコミがこれに便乗して、連日、まるで凶悪事件のように騒ぎ立てる。もし、ここで大学が「不正をした受験生は不合格とし十分に戒めました。マスコミは彼をそっとしてあげてください。次回は彼が正々堂々と本学にチャレンジしてくれることを期待します。」などとサラッと発表すれば、大学の株も上がっただろうにと思います。
まだ、どのような結末になるのか分かりませんが、色々な意味で悲しい出来事でした。
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